記された慶び・洛中/京都駅
西本願寺
境内の唐門は、彫刻に見入るうちに日が暮れるとして「日暮門」とも呼ばれると伝わる。庭内の飛雲閣は金閣・銀閣と並ぶ京都三名閣に数えられ、左右非対称のまま均衡を保つ意匠で知られるが、通常は非公開である。寺が「西」と呼ばれるのは、慶長七年(一六〇二)の東西分立による。石山合戦での穏健派と強硬派の対立を背景に、家康が教如へ七条烏丸の地を寄進して東本願寺を別立させ、准如の継いだこちらが浄土真宗本願寺派の本山として残った。
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GOOD TIME COFFEE 島原徒歩約302m
Kurasu Kyoto Stand徒歩約632m
近くの石
この覚え書きは机上の調査によるものです。伝承には諸説があります。