記された慶び・洛中/二条
弘文院跡
弘文院は、平安初期に和気氏が設けた大学別曹と伝わる。和気清麻呂の子・広世が、延暦年間(七八二〜八〇六)に大学寮の南の私邸を改めて開き、数千巻の書を蔵し、墾田四十町を学資に充てたという。数ある大学別曹のなかでも早い時期の設けと位置づけられるが、和気氏の衰えとともに荒れ、やがて廃れた。承和十五年(八四八)に落雷に遭ったと伝わり、菅原道真は仁和元年(八八五)に「秋夜、弘文院に宿す」と詠んでいる。いまは石標が跡を示すのみで、大正六年(一九一七)に京都市が建てた。
近くの珈琲
CLAMP COFFEE SARASA徒歩約123m
近くの石
この覚え書きは机上の調査によるものです。伝承には諸説があります。